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しま子の読書会ブログ

読書会をするブログです。たまに私が見た本や映画の紹介もしたいです。

第九回 「自負と偏見」 ジェイン・オースティン著 小山太一 訳(新潮文庫)

ぎりぎり四月、間に合いました!!!

 

深夜番組表だったらまだ四月です!なのでぎりぎり月一本ペースのはずなんです!

 

今回の参加者 私、お姉ちゃん、シュガさん

 

ああ! 面白かった!

 

600ページほどの「自負と偏見」を読み終わり、満足感でいっぱいになりました。

その足で本屋に行き「高慢と偏見とゾンビ」や「ジェイン・オースティンの読書会」を買ってしまうほど、この小説の虜になってしまっていました。(何か方向性が違うとお姉ちゃんに言われましたが)

 

ここまで私を惹きつけた理由はなんでしょうか。文庫本の解説で桐野夏生さんはこう書いています。

 

自負と偏見』は、身分違いの恋の成就に加え、最後まで相手の心が読めないミステリアスな展開と、相手の心の謎解き、など後のロマンス小説のパターンを作った作品である。

 

まさにそうなのです。

初対面は最悪、だけどお互いの心の内をしっていき、恋が成就し大円団!

どストレート、と言われるかもしれないけど面白いのです!

私の大好きな漫画「彼氏彼女の事情」もそういう感じで、単純にそういうのに弱いだけかもしれないですが、逆を言えば身分差の恋愛漫画が好きな人には!

絶対おすすめしたいのです!

 

 

 

「けど結局この恋愛が成就した二人ってさ、心が成長していってるように書かれているけどさ。本質って変わってなくない? 特にエリザベスの性格の変化が都合よすぎ。そういうとこで冷めちゃって楽しめないんだよね」

 

 

そんな私の気分を冷めさせるようなお姉ちゃん発言で読書会ははじまりました。

(´・ω・`)

 

 

主役のカップルはエリザベス(身分の低い女)とダーシー(身分の高い男)。本書の最初の方ではエリザベスは自分の感覚を愚直に信じ「ダーシーは嫌な奴だ!」と偏見を持ち、逆にダーシーはエリザベスに好意を持っているにも関わらず自分の身分の高さから高慢な態度で接してしまいます。

だけど二人とも、お互いを愛するために成長していきます。エリザベスはダーシーについて本当のことを知っていき自分の偏見を、ダーシーは実直に相手を愛するために高慢さを捨てていきます。

そしてお互いは成長し、もっともっと魅力的な人間になって結ばれるのです! これのどこが悪いのでしょうか!

 

姉「結局さ。お互いに愛されるためにやってる行為じゃん。それって人間の本質は変わらなくない?」

 

愛から人が変わるといいます。じゃあこの二人は変わったのでしょうか。

彼女たちの周りには助けてくれる人間もいましたが、それ以上に面倒くさい人間がたくさんいました。

ヒステリーなエリザベスの母。性根の腐ったエリザベスの父。哲学好きの自尊心の塊である妹のメアリー、さらに尻軽な妹があと二人もいます。

ダーシーの周りにもダーシーを夫にと狙う高慢さの塊のような女がうじゃうじゃ。

物語を読むと、これらの厄介な人々が二人の関係の障害になるので、やきもきするけどすごく楽しい。

とくにヒステリーなエリザベスの母が私は大好きです。

彼女はとにかく自分の娘よりも、いかに娘が身分のある人間とくっつくか。そのためなら身を粉にして動きます。娘の体調も感情も全く考えない。

娘を意中の男性の家に雨の中行かせて、(娘は馬車で行きたいと言ったのですが、馬に跨らせました)思わく通り風邪をひき、相手の家にお泊りが確定して小躍りするお母さんです。

なんて欲のまま動く楽しい人間でしょうか。

そんなある意味で心の低俗なキャラクターを見て「いるいるこんな人」という思いになり、時には鏡となって自分の心を揺らしたりもします。

 

そんな家族の中で育ったエリザベスだから人を見る目は人一倍だと思っていました。だから初対面で印象良く感じたウィッカムという男の喋る、ダーシーの悪評を信じて偏見を作り上げてしまいました。

 

私「だけどこれからはエリザベスはきっと他の人たちの本質を見抜けるようになったと思う。ダーシーとの経験が他の人と接するときにでると思うけど」

姉「どうかな。ダーシーがあまりにもエリザベスに献身的だったから偏見は取り払われたわけだけど、もしそのダーシーに何か言われたら、偏見を持つんじゃないのかな?」

 

大円団の幸せな終わり方だったんだからそれでいいじゃん! と心の中で思うのですが、そう言われると何だかやるせなくなります。

 

シュガ「その姉の意見は鷲田清一さんの「他者の他者」じゃないけど、ダーシーという他者がエリザベスの心にはまってエリザベスが変わったっていうことだよね」

姉「そうそう。結局は自分を変化させるのは相手次第なところがあるんじゃないかな。また周りから噂を吹聴されたら偏見を持ったままだよ。エリザベスは」

私「けどダーシーとは上手くいったからそれで・・・」

姉「だからその偏見の取り方が、都合よすぎなんだよね。ダーシーの行為ってかなり自己犠牲だったわけじゃん。だからあなたの考えるように、偏見をなくす成長ではなくダーシーの自己犠牲に心底惚れたって感じかな。そこが都合が良いなぁって」

 

ううう。なんてうがった見方でしょうか。私のお姉ちゃんながら将来が心配になります。

 

 

お姉ちゃんの言っていることは一理あって、「偏見」の根元にあるところは他者の影響だということです。その偏見を取ってくれるのは、自分が好意を抱いている人。けれども好意を抱いている人を信頼すると逆に偏見を持ってしまう可能性もあるのです。ウィッカムを最初に印象良く感じたエリザベスはそのせいで偏見を持ってしまいました。

高慢を捨てることに比べて、偏見は厄介です。

けど私は思うのです。偏見を持っていたと自分で意識する姿勢は、自分を変えるきっかけになる。きっとこれから見て行く世界は本質を見抜いていく努力をするって。だからこれは愛を通じた二人の成長物語で、自省の中での愛の育みにはきっと偏見を取り払う力があると信じたいのです。

だからこういう恋愛小説に人間の良い面を見つけ、その幸せな結末に浸りたいのです。

 

「日本人が書いたら絶対にこの二人結ばれなさそう」

 

シュガさんが最後にぼそっとそんなことを言っていました。

ダーシーの真実が分かるシーンは、ダーシーの自己犠牲がエリザベスに全てばれるからです。日本人なら確かに、恋した女への自己犠牲は墓場まで持っていきそう。そういう意味では都合がいいと思ってしまうのかしら。

 

私は小説に夢見すぎなのでしょうか・・・

 

 

自負と偏見(新潮文庫)

自負と偏見(新潮文庫)