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しま子の読書会ブログ

読書会をするブログです。たまに私が見た本や映画の紹介もしたいです。

第五回 「城」 フランツ・カフカ 著 前田敬作 訳(新潮文庫)

読書会

今回の参加者:私、お姉ちゃん、シュガさん

 

 

 長編小説は時にして苦行に変わります。

 今回はまさに苦行でした。

 カフカのファンには申し訳ないのですが「カフカが遺言で作品を燃やしてって言ったんだからちゃんと燃やしといてよぉ」と何十回も思いました。

 読み終わるまでに疲労困憊です。二回目の読書になるお姉ちゃんはため息が堪えませんでした。我が家はため息の城です。

 それもこれもこんな小説を読ませたシュガさんが悪い!そんな怒りを携えて読書会に向かいました。

 シュガさんは来るなり開口一番。

 

「て、徹夜で呼んだから疲れた・・・」

 

 余裕を持って読みなさい!(# ゚Д゚)

 

 

 今回のカフカの「城」。文庫本サイズで六百ページ越え。今までの読書会の中でもヘビーな部類に入ります。

 

 さらに物語の展開が遅々として進まないばかりか、1ページ目から主人公の置かれている状況の変化は全くなかったりします。

 

 この物語は主人公の「K」がある城下町にやってくるシーンから始まります。彼は「測量師」としてやってくるのですが、城からのはっきりとした任務を与えられません。村の人や城から村に来る人間と対話や交渉をして、何とか城へと向かおうとするのですが、どんな対話も煙に巻かれてしまいます。

 

そして煙に巻かれたままこの物語は終わります。読み終わった私も何だかモヤモヤしてこの物語を掴むことができませんでした。

 

そんな意味不明なこの小説にシュガさんは自己実現の不可能さ」を考えたそうです。

私たち人間は「自己」の確立が重要です。自分が何者であるのか。どの社会に属するにしても「自己」がはっきりしていないと、生きにくくなります。

 

「測量師」としての「自己」を確立しようとするK。しかしあくまでも城下町の外から来たKは「よそ者」です。城下町に住む人間は職業を通して「自己」を確立しています。しかし外から来た「よそ者」のKはいくら頑張っても「自己」の確立ができない。いきなり村の酒場と結婚しようとしてみても、小学生の小間使いになってみても根底にあるのは「よそ者」。「自己」を確立するのではなく「測量師」として城下町の社会に従属するしかないのです。しかしあくまでも「自己」を目指すKは社会と衝突し続け、結局「自己実現」にはいきつけないのです。

 

 お姉ちゃんはその「自己」の立場の証明の難しさを考えたそうです。いくら自分の存在を主張したところで外部から来た人間の言うことは何の証拠にもならない。読者として主人公のKが言っていることは正論なんです。私たちにとっては彼が城の人間と会わせて欲しいという主張は分かります。しかし城下町に住んでいる人間にとってその主張はどうでもいいのです。城下町に所属しているかしていないかが重要なだけです。

 正論を言ったKに向かって「無意味な論破」だという言葉を投げかけるキャラクターがいます。

 社会に属している力こそ強力で、その中に「正論」なんてものは何の武器にもならないわけです。

 

 途中、村八分にされたバルナバス一家がなぜそのような事になったのかが語られる一節があります。

 その理由は城の人間からの恋文をバルナバスの姉であるアマーリアが使者の前でビリビリに破いて捨ててしまったことに発端します。しかしその恋文はイヤらしい言葉に満ちあふれていました。そこまで仲良くしていない人の初めての恋文がイヤらしい言葉の羅列であったら、それは誰だって腹立たしくなるでしょう。

 しかしその社会においての事実は「手紙を渡した城の人間の使者を侮辱した一家という事実」のみです。その事実だけが残ってしまう。

 だから城に所属する村人たちは、その一家を蔑み村八分にしました。

 

 

 

 そういえばこの間の「オードリーのオールナイトニッポン」を聞いていたのですが、梅沢富美男さんがゲストで出てました。その梅沢さんは様々な場所で出禁をくらってるそうです。嫌なものは嫌だと主張して出禁になるそうです。それでも今のテレビでの活躍はその従属を振り払うほどの「自己」があるからなのでしょうかね・・・。秀でた「自己」であれば社会は必要とするのでしょうか。

 

 

閑話休題

 

 

 あとがきにも書いてあったのですが、この小説には「自己」=「職業」と言う書き方に嫌なリアリティがあります。私たちの「自己」はあくまでも社会帰属によって生まれるという考え方。それが理解できるし、そのなかで「自我」は必要がなかったりするのかもしれません。

 社会に属していない存在はそんな自分の価値を求めて必死に闘うのだけど、結局「よそ者」でしかないのです。そんな不条理を感じる小説でした。

 

 私が一番気に入った一節に、Kの独白でこんな台詞があります。

 

「ここでは、どうしてこんなにどうにもならないほど疲れてしまうのだろうか。この土地の人間は、だれも疲れていない。というよりむしろ、みなが、そしていつも疲れているが、そのために仕事がだめになるということはない。それどころか、仕事は、かえって促進されているくらいだ。そのことから帰結するに、彼らの疲れかたは、おれの疲労とはまったくちがうらしい。ここでは、疲労は、幸福な仕事の最中にあるものらしい。それは、外部にたいしては疲労のように見えるが、実は堅固な安らぎ、不壊の平和なのだ。」

 

 私たちの疲労は外からみたら幸福なのでしょうか。それともカフカのように異様な疲れ方をしているでしょうか。

 

 そして読書会は終わりをむかえ私たちの意見は一つに一致しました。

 

 

 

「そういうのもっと短く書いてくれよぉ(ノД`)・゜・。」

 

 

 いや! 長いからその不条理さが重厚に伝わったのかもしれません!(って言ったら許してもらえますか・・・。)

 やっぱり読書は難しいです。日々精進。

 

城 (新潮文庫)

城 (新潮文庫)